ヤマギシのむらnet

公意行生活について


公意行生活について

○公意の前には、無我・絶対服従

○個で充実し 個で安定する 依存のない生き方

○みかんの味に見る、公意絶対行の世界

 春日山では12月はこのテーマでやっていくことになりました。8月から私意尊重公意行のテーマでやってきましたが、公意行にあたるところのことかな。

 今日までの研鑽学校2に入らせてもらっていて、昨日はこのテーマについて出し合いました。

 その中で、「公意の前には、絶対服従しちゃうよね。っていう感じでしょ?」と出した青年がいて、「はぁ、なるほど。私が初めに抱いたイメージとだいぶ違うなぁ」と思いました。「絶対服従しちゃうよね」というのは、どれだけ公意でやりたいと思っているかの現われのような気がします。

 

研鑽学校で白藤の滝へ

 「服従」というのは、英語では「obey」で、その原義は「・・・に耳を傾ける」ということだそうです。研鑽学校でする「聴く態度で聴く」ということと繋がっている気がして、それは、「ねばならない世界」とは全く異うところにあると思いました。自然界の摂理に従っていきたくなるような、そんな感じです。

 個で充実し 個で安定する 依存のない生き方をしていきたいと思っている私にとっては、とても自然なことのように思えてきました。

 さあ、これから研鑽が始まって、どんな展開になっていくでしょうか・・・。楽しみになってきました。これも、研鑽学校のお蔭(?)だなぁ・・・というか、一緒に2週間やってきた1619期12人のみんな、ほんとにありがとうネ(^−^)v

【春日山実顕地 柳 順】
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コメント

  • 麻野幸子(豊里)

    今年一年を振り返ってみようと、カテゴリー「研鑽生活」へ。1月初めの「普段着としてのけんさんを着こなして」が新鮮だった。
    日頃、普段着ぐらいは手作りでとミシン掛けを楽しんでいるので、身の丈に合った普段着を縫ってみたいなあと始まった一年。

    「なぜヤマギシズム実顕地なのか」「いまあるままで容易にできること」「私意尊重とは 公意行とは」「私意尊重の尊重に想いをはせる」「公意行生活について」 
    それぞれのテーマをじっくり研鑽する中、昨年10月の研学Ⅲから、今年11月の養鶏法と繋がって、今、ここに行きついた。
       1月テーマ「なぜヤマギシズム実顕地なのか」
            ○自分が幸せになりたいから。全人幸福は副産物。
            ○他にやることがないから。

    さて、来年はどこまで・・・。それにつけても「むらネット」本領発揮だなあと拍手\(^o^)/

  • 平島春美(春日山実顕地)

    昨日の資料研では聞くばっかりでしたが終わった後でこの半年のテーマの研鑽会を振り返って
    なにかとっても満足感が残りました。「色々考えたなー、。日常の中でフッと考えたなー、あの人はこう言いたかったのかなー?とか、やっぱり違うんじゃないかなーとか、私の今の態度はなに?、、」とか。
    やっぱり、ポイントは『私の心が動く』ってことかなー?。

  • 佐川清和 春日山実顕地

    昨日の今年最後の資料研鑽会では、今期八月から始まった「私意尊重公意行」のテーマをふり返りました。
     そのなかである人は、私意の延長に公意はないと研鑽したときの大きな衝撃と気づきについて語ってくれました。私もそうでした。従来の「止めときましょうか」に象徴される集団生活ならではのトラウマを払拭する手がかりを見つけたような歓びがともないました。ひからびた思い考えに一体の心が吹きこまれました。難しいテーマだとしてずっと避けてきた自分の姿が笑えます。
     ふと、山岸巳代蔵さんの名古屋八事園での座談会「社会式養鶏法について」での発言の一節が浮かびました。
    「何やる場合にでも、百姓するのでも、商売するのでも、教育でも、子供を育てる場合でも、どんな場合にでも、寝る場合にも、また食べる場合にも、或いは映画を見る場合にでも、散歩する時でも、やはり、すべてが、みんなが一つになって仲良う楽しく繁栄していく、と、この目的のために、またそういうあり方で進むこと以外にないと思うの、道はね」
     二四時間公意行生活なのですね。普段着としての公意行生活をもっと着こなしていきたいものです。そしてそこからの各人各実顕地の村づくりが始まるようです。

  • 本巣京子(一志G)

    パソコン苦手の逢澤さん、よくコメントしてくれました(**)/
    四月の研学中、「耳をかたむける」テーマでやっていると、一遍の文芸書のようだなと
    ここちよくきこえてくる逢澤さんの話に、ききいったのを思い出します。美しい日本語の表現
    をするので。
    公意行とは、と問われて、「天地に恥じない生き方」と出された時、
    私にとって、漢字ばかりの四角いイメージのこの言葉が、
    天にあり、地にあり、宇宙自然界にあり、自分の中にあることに思いあたったのでした。
    そう生きていきたいと、感動したのを思い出しました。

  • 逢澤利晃(春日山実顕地)

    夕べの仲良し研で、食生活部から六川実顕地ミカン収穫交流になな瀬さんを送り出す事が出ていました。
    春日山実顕地の11月の運研で六川交流のことが研鑽されてからの各人の考えの移りゆきや食生活部の
    出発研や職場研でも色々経緯があって、なな瀬さんを送り出すことになった事。それを話してくれた
    光子さんと弘子さん、ふたりとも「なな瀬が交流に行く」とか「食生活部で交流に送り出す」ではなく
    「私がなな瀬を送り出す、そして私は何をするか?」というところにスッと立っているのを感じました。
    それは、12月の研鑽資料の3項目『公意絶対行の世界』に立っている人の姿だと、私には見えました。

    11月19日から8日間、両眼の白内障手術のため総合病院に入院しました。
    自動解任期の直前に自分が一体生活の場を離れて生活するのがどんな感じなのだろう?
    この何ヶ月か『私意尊重 公意行』を主題とする研鑽を重ねてきたことをどう実践し、深めることが
    できるかなど考えもしました。8日間の入院生活では「なぜ?!」というものがひとつも出てきません。初日病室で病棟主任看護師による入院オリエンテーションから始まり、主治医や各種役割の人達から伝えられるどの事も素直に真面目にやらせてもらったし、心地よかった。
    私は今年4月に研学Ⅱに入学できた。期間半ば頃に『私意尊重 公意行』についてはどんな感じかと問われ、「それは天地に愧じない生き方です」と出した。今回の入院で「私意尊重 公意行」は私の生き方であってそれはいつでもどこでも実践できることを確認できたと思う。 
    70代後半の入院生活は私にとって、とても良い体認実践の機会だった。

  • 平島春美 (春日山実顕地)

    永見さん
    うん 面白かったね。(春日山の自動解任の全研です。)
    春日山は今、六川実顕地交流の話題で盛り上げってます。
    なんで今六川なの?と言う話もありながら。(こっちも忙しいのに、、、と思ってるかどうかはわからないけど、、、)
    昨日、追加便として、福田、なな瀬、百合恵さんが出発しました。

    そんな中ちょうど六川から
    交流に来ている上門善和さんの話が私には印象的でした。
    「みかんの味に見る 公意絶対行の世界」に思う事で出されていた話
    いろんなミカン農家が色々工夫してみかんを作っているいるけれど、例えば
    今年のみかんなら『おおむねおいしい、全体として小さい』という傾向はどこもかわらないですって。
    「ふ~ん そうなんだー」と妙にナットクした感じでした。

      *あなたがもっとしゃべったら活発になるよー。

  • 永見祐樹(観音寺)

    全研面白かったね( ´ ▽ ` )ノ

    もう少し活発な感じになるといいなー。