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特講にかける思い

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◯年間テーマ
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◯4月度テーマ
特講にかける思い

 

13名の参加者を迎え、特別講習研鑽会が3月7日から豊里実顕地で開催されました。コロナ禍の影響で、昨年のお正月特講を最後に1年間以上開催できなかったわけですが、多くの方の協力のもと、感染防止対策の実施と共に実現することができました。それまでの過程においては、若者が参加しやすい春休みにぜひとも開催して欲しいという多くの要望と、感染者が出ることはないかという不安とのせめぎあいの中での準備期間、そして開催となりました。
「なぜこんな時期にするのか」「実顕地以外でできないか」などと開催に慎重な意見や、「自分達の本業は特講ではないか」「ここを外して特講と言えるのか、というものがあるのでは」「感染対策をしっかりして開催して欲しい」というように前向きな意見など様々でしたが、特講始まる直前には会場美化に大勢集まるなど、日々醸成されていくものがあったようです。
参加者に対しては、開催日までの人との接触の自粛を呼びかけ、当日受付では全員のPCR検査が行われ、結果が出るまでは研鑽会以外は各自部屋で待機するなど今までにない対応で、慎重なスタートとなりました。2日目に全員が陰性と判明した時には胸をなで下ろし、ここからが本当の意味でのスタートとなったようです。
一方、豊里実顕地では、特講を参加者だけでなく、実顕地にとってもいい機会だった、となるようにしたいという意見が出て、特講期間に合わせて、「春の集中研鑽会」を同時開催しました。特講のテーマについてだけを集中的に考えるという事にして、思い出としての特講でなく、今現在の捉え方で、特講のテーマが自分の中でどうなっているかという事に焦点を当ててやってみました。毎日2時間ずつ、8日間やってみて、「零位に立つ」とか「一体でやる」など、今現在の日常生活とどのように繋がっているのか、沢山の事例が出て、沢山考えた事で、これからの特講をどのように用意したらいいのか、という事を問う機会にもなりました。
特講生の感想には、「研鑽会を通して感じたことは(学生だから強く感じたのかもしれませんが)、自分は今まで、どんな物事でも答えを速く正確に導き出すことが重要で、それができるようになるために、常識や知恵を身につけるものだと思っていました。しかし、研鑽会を通してそういった考え方も考える方法の一つに過ぎないのだなと実感し、視野が広がったように感じました」「なぜ腹が立つのか、自分と向き合いながらこれからも考え続けていきたいです」「今までの人生で、こんなに自分について見つめ考えた事など無かったですし、参加している人達も一生懸命考えているのが伝わってきて、色々な考え方の人がいて、またそれについて考えて。その時間の中で、自分が今まで気付かなかった自分を知れたり、家族に対しての想いなど確認出来た1週間でした」
特講へ送り出した会員さんからは、今回の特講は「コロナ禍だからこそ特講を!」という思いで声かけあって作ってきたからこそ、送り出し、そして終了後の受け入れを大事に、暖かいつながりを深めていきたいな、という声が寄せられています。
「期間中も、どんな様子かとか今のテーマとか、実顕地の中で特講が話題になってた。」「最終日の特講生へのメッセージ、全部で60通くらい来た。みんな特講やりたかったんだなと思った。」「この時期に、豊里で特講をやろうと決めた。始めは、こんなコロナ禍でやらない方が楽だ。でもそれで良いのか、自分達のやりたいことは何か。そこに乗ってやろうとした。それにはどうしたらやれるか、やれないことはないと考えて来た」「特講を開催できて良かった。良かったの中味は何なのか、そこを押さえて次へ進みたい」など開催実顕地の豊里の人達の率直な感想でしょう。
特講が、開催されて65年。今回の特講が第1986回、まもなく2000回を迎えようとしています。数多く開催されてきた特講の中でも今回は様々な意味で、特講とは何か、何のために開催しているのか、を問いかけられているような気がしています。すでに第1987回特講への準備がスタートしているといえるでしょう。

今月18日からは春日山で研鑽学校が開催される予定です。
水沢、一志、豊里に続き開催されることで、その前段階からすでに研鑽学校が始まっていると言っても過言ではないでしょう。
どんなものが齎され、共に進んでいけるのか楽しみです。

実顕地研鑽部
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コメント

  • 実顕地広報部

    豊里実顕地から送られてきました。

    この三月 幼年さんの出発・特講・村人の春の集中研(2月は研鑽学校)がありました。
    私にはそのことが折り重なった感があります。
    今回の特講生に 20年前の岡部の幼年さんだった女の子が参加すると知り当時の印象を頼りに その時代を知る村人に声掛けたりしながら私の霞みがかった遠い記憶を引き出すことをしてみた。
    出発の朝見送りに行って20年ぶりに話した彼女は予想通り美しい女性になっていた。そして仲間と話し笑い合う姿に2日前に出発セレモニーで仲間とやり切った感に溢れ、その目はこれからをしっかり見ている(私には見えた)豊里の幼年さんの姿が重なった
    幼年さんたちが特講を受ける日が楽しみだなあと思った。
    折しも私は春の集中研に参加していて特講の目標を研鑚していた。参画して村に暮らしている今改めてその場に参加出来てとても良かったと思えている。今自分の中の微妙な変化の展開を仲間と共に探り楽しんでいる。

  • 福田律子 (春日山)

    豊里で特講開催を知った時、私の中が動き始めた。自分のやれること、やりたいこと、特講生と重なってみたい。
    春日山で研鑽学校やることになり研学推進メンバーから全員(春日山実顕地メンバー全員)参加の研鑽学校が打ち出された。
    「えっあり得ない。無理やろ」
    私の特講が始まった。全員参加てどういうこと?自分流に解釈しないで。無条件で全員参加それだけに向き合って。毎日毎日意識して考えたことをあらゆる研鑽の場に出してみんなと考えた。
    全員一人一人に陽が降り注がれる。一方的に与えられるだけの世界を感じた。参加するしないを踏み絵に分断するようなものは、爪の垢ほどもないあったかい世界から発した全員参加ではなかろうか?

    「そんなことできない」「出来るだろうか」はやれない人になるための言葉。やってみなわからん。山岸全集より

  • あさのさちこ

    特講をやれて何が良かった?と考えてみると。 特講生の感想文に「考えた」とあるのが良かったなぁ、と思う。

    開催前の豊里運研で「調べればすぐ答えらしきものが得られる今、自分の頭でしっかり考えた体験を用意したい」という意見があった。

    私は聴いて、キメないでどこまでも考えていく考え方に出会った、訳が分らなくなるほど考えた最初が特講だった。

    あそこが出発点!

    これからの社会をつくっていく若い人たちに贈りたいなぁ、と。 若い人だけじゃないな、私のようなおばあちゃんもチャンスはある。