ヤマギシのむらnet

With(共にやる)


With(共にやる)

研鑽学校がもたらすもの

印刷 ⇒令和3年5月with

 

◯年間テーマ
With(共にやる)

 

◯5月度テーマ
研鑽学校がもたらすもの

 
 
春日山で開催された第1701回の研鑽学校もいよいよ終盤、ゴールインスタートを迎えようとしていることでしょう。
振り返ってみると昨年の今頃、水沢地区で研鑽学校を開催したいとの気運が高まり、6月に開催されました。その後一志実顕地でも2度の研鑽学校が開催され、今年2月には豊里実顕地で開催されました。
そんな各地の研鑽学校から齎され、「春日山でもぜひ研鑽学校をやりたい」という声が上がり始めたのは、昨年末の自動解任期だったでしょうか。
やりたい、という声をどんなふうに聴いていくのか。やりたいからやる、というものでもなさそうだ。研鑽学校でやりたいと思っていることは、日常の研鑽会ではできないことなのか。一時的な盛り上がりではやりたくない。春日山実顕地として研鑽学校を開催するとはどんなことなのか。毎日の職場や連絡研で、仲良し研でと連日話題にあがってくることで、すでに一人一人の中で研鑽学校は始まっていたのではないでしょうか。
今回の研鑽学校の様子も、村ネットなどを通して伝わり、そこから齎されるものがありました。

豊里にも春日山研学の風が吹いています。
昨日の春日山研学どうだったか話を聞きたい、朝に集まりたいね、と乳幼児部は朝の出発研を新たに始めました。
子供を受け入れるから朝に集まるのは無理だとしていたのですが…。
出発研の間はお爺ちゃんが子供達を見てくれます。
最近、出発研に他職場の人が参加することが増える時も有り、春日山と同じテーマで出し合っています。短い15分間ですが、朝の良いスタートになっています。研学が終わっても出発研を続けていきたいです。
全員参加の研鑽学校と聞いたところから、それってどういう事⁇と興味・関心が抑えきれず、豊里でも一緒にそこを味わいたいという感じです。

水沢で研学を開催してからもうすぐ1年。またやる?とみんなに出してみるのも面白いかなと思い始めています。
春日山研学の準備段階で、やりたい人がいるから開催するというのでなく、やるなら全員参加でやりたい、と打ち出したというのを聞いて、何を目指して開催するのか考えさせられました。

一志実顕地では三回目をやりたいと声がある中、豊里実顕地、春日山実顕地で 研鑽学校が開かれました。
どちらの研鑽学校にも一志から係として参加していて、毎日のテーマが写真で送られてきます。(今回の春日山での研学はこれまでのテーマが全部貼ってあるのが好評です)
生活部の出発研はいつもテーマでやってみての話や春日山の研鑽学校で出た例とかも聞かせてもらい、そこからまた考えていくという楽しみな時間になっています。
「研鑽学校を二回やらせてもらって、毎日30分出し合う場があるからこその今だなあ」「研鑽会で幸福社会が実現できる。この為に集まって暮らしているんだなあ」「テーマでやるのはいいよなあ、過去の自分で考えていたのが、今の自分で、真の人間でやるって感じだなあ」
「自分だけでなくまわりの人もそれでやっているというのがいい」等々
毎日の暮らしに密着したテーマでやる面白さを味わう毎日です。

研学の回を重ねるにつれ、「聴く・言うを丁寧に考えてみる」→「尊重ってどんな感じかな」→「一致やその先の公意まで調べたい」と着眼点や考えたいポイントが進んできた感じがする。そんな声も寄せられてきています。
自分自身に向き合い、問いかけ内面を見つめていく。私の中に研鑽を意識することで、聴き合い、出し合っていくことで、相手一色の世界に触れることで、豊かな世界に包まれていたことに気づく。ヤマギシズムの奥深さに触れ、ますます共に探っていきたくなる、そんな研鑽学校のバトンを次へと繋いでいきたいです。

実顕地研鑽部
コメントがあります( 表示する | 表示しない

コメント

  • 岡野充樹

    全員参加の研鑽学校が終了した後も、職場の出発研で寄ったメンバーで「その先にあるもの」を追い求めている。
    職場近くの交差点の草が伸び、見通しが悪くなったので刈ってくれないかなと、声掛けられたので他の人に繋いだら、直ぐに刈ってくれた。これって公意?
    昨日揚がった鯉のぼり。「今年は鯉のぼりが揚がらないかなぁ〜」の呟きから始まり、春日情報LINE上で何人か反応して揚がった鯉を見て公意だなと思った等など。
    草刈りの様な場面は日常いくらでも目にする。また、鯉のぼりはこれまで毎年誰かが揚げようと考えて揚がっていた。
    草も刈られないこともある。鯉のぼりも何か訳があって揚がらない事も有り得る。それも公意?
    等など…。
    日常そこここで目にする様々な現象が、公意と見える豊かさを嬉しく思う。

  • 福田律子

    時空を越える研鑽学校だった。研学交流研での皆の顔、顔、顔を見て実感した。

    巨大鯉のぼりが、心地良さそうに泳いでいる。毎年の光景だが、モノクロからカラーになったように色鮮やかに飛び込んでくる。
    現状そのままで私の見える世界が変わる。ホントだった。

    聴く、言う、研鑽の呼吸をする。実践、研鑽、実践、研鑽の連続、続く、続くの一日一日。

    —–申し訳ないが、気分がいい—-