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今年も『ここの家』苺狩り


 

 4月7日大阪和泉市の障害者と共に生きる生活の場『ここの家』から豊里の苺狩りに来られました。

 昨年に始めて来られたのが50数名で、今年は2回目で100名近くの方の参加となりました。

 『ここの家』とは私達(春木家)が地域にいる時に、娘の美紀が居たところで、そのつながりで、私が豊里との連絡役ですすめて来ました。
 昨年の倍近いことで、豊里の窓口をしてくれる沖永雅子さんが、受け入れの研鑽で、野外食は販売所近くの公園にして、万一雨なら講堂へという段取りをしてくれていました。

 前日になって冬の様な冷え込みで、昨年の様子も踏まえて野外でシートに寝る姿勢の人もいるし、障害の人には寒くて無理だろうとなって、急遽変更。
私に連絡をくれた時には、「村人ロビーで食事することになったよ」という事でした。

 結果、『ここの家』の人達も

「野外だから、かなり毛布類いると思っていたら、室内になったと連絡貰ってありがたかった」。
「本当に暖かい部屋を用意してもらって、嬉しかった。」
「これだけの大集団を前日に変更して受け入れてもらって村の大きさにさすがだと思った。」
「久しぶりにロビーに入ってなつかしかったぁ」
「村の人達のあたたかさに迎えられて嬉しかった」

等々。

 村人ロビーにぎっしりの中で食事しながら、初めて食べる人も一つ一つおいしいと言って食べてくれました。
その上、部屋の暖かさより、おいしさにつながったなぁと思いました。


 そして、苺ハウスへ。

 苺は、食べることより、ほとんどの人が誰かにお土産にしたくて、食べさせてあげたくて、よくおいしそうなのを見つけながら、パックにつめている姿を見て、幸せやなあと思いました。
そして販売所で、おいしいソフトクリームにまたまたにっこり♡ 
 行列の出来るお店のCMに出来そうな場面でした^_^

 マイクロバス2台、車いすワゴン3台含め9台の車を見送ってあっという間の時間に心残りもありつつ、たくさんの人との出会いの始りに胸がいっぱいになりました。

 そして、この日豊里では新入生のお祝いの日だったり、他にもお客さんがあって忙しい日だったのですが、私も厨房で小池さんと唐揚げしたり、永瀬ひろ子さんが卵焼きを、民ちゃんや、養護部の親で接待をやってくれたり、実顕地みんなで受け入れてもらったのを思いました。
 あらためて、一つ一つの食べ物や車いすで入れる様作られた苺ハウスと、苺ハウスのトイレ。部屋の暖かさ等々に、そこに人の心がつながっているのを実感しました。

 苺狩りを通して、やはりやりたいことは、人と人のつながりだなぁと思いました。

ここの家の紹介

1978年に地域に呼びかけ親の会をつくり、1992年にここの家を開所し、今年で20周年を迎えます。

『ここの家』の名前は、「ここから新しい風が吹く」という意味で、どこでも、いつでも、障害をもつ人と共に「ここ」から始る、「ここ」から新しい風が吹くを願って、『ここの家』と名付けました。

「ここ」の名前と、20年前にこの名前を考えた頃と、私の中では、今月のテーマ「なぜヤマギシズム実顕地なのか?(3)」のの5つ目の「その位置から万人と繋がる橋を架ける全人幸福運動」と、つながっているのなと思いました。

ここの家で作業の一つにクッキー作りがあり、20人程のメンバーがかかわっています。そのクッキーの卵は、ヤマギシの有精卵なんですよ^_^

堺供給所から始まり、大阪K、津Kでも販売しています。おいしいよ♡

【春日山実顕地 春木泰子】