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図書新聞に紹介されました【書籍】


図書新聞に村岡到さんの著書『農業が創る未来-ヤマギシズム農法から』が紹介されました。

【実顕地広報部】
図書新聞 2014年5月17日(第3158号)

図書新聞 2014年5月17日(第3158号)

村岡到編『農業が創る未来 ヤマギシズム農法から』       
 「未来社会」を考えるために(ヤマギシズム農法の発展史を追跡した本)
藤岡惇

 ヤマギシ会といえば、一九五三年に養鶏業を営む山岸巳代蔵さんの指導のもとで設立された共同体で、参画者に全財産の寄進を求め、財産共有にもとづく大規模な農牧畜経営を推し進めてきた。生涯にわたって生存権が保障され、貨幣収入なしで生活でき、序列がなく、特定の権力者もいないなど、同会は、現代社会の常識とは正反対の生き方を目指してきた。マルクスが構想したような共産主義的共同体が、資本主義体制の下で存立できるのか否か、を実験する試みだと見る向きもあった。「われ、ひとと共に繁栄せん」という標語を掲げて、ヤマギシ会は九〇年代前半に最盛期を迎えるが、やがて社会常識との摩擦が臨界に達し、脱退者による寄進財産の還付請求訴訟が続出し、「子ども楽園村での体罰」問題も火を噴いた。人権団体やマスコミ、さらには共産党機関紙の『赤旗』からも指弾され、オウム真理教などオカルト系宗教団体と混同されるようにもなった。
 しかし同会はしぶとく生き残っている。中核メンバーの参画者は、最盛期の三分の一の一五〇〇名ほどに減ったが、なお全国に一七の農事法人を擁し、年間売上高は六六億円。そのほか賃労働契約を結んで働いてもらっている社員が数百名おり、農事組合法人としては日本トップの地歩を固めてきた。
編著者の村岡到さんは、社会運動の現場に身をおきながら、社会主義をめざしてマルクス主義理論の限界と格闘してきた人だが、未来社会像を模索するなかで、「全人幸福」をめざすヤマギシ会の実践に注目するようになった。『ユートピアの模索──ヤマギシ会の到達点』が最初の成果だが、第二作が本書。ヤマギシズム農法の発展史を追跡した本だ。生存権を保障し、「持続可能な循環型農業」を創造していく上で、同会の歩みから学ぶことは多いというのが、本書の送るメッセージだ。
 本拠地である三重県の豊里実顕地では、八〇〇〇頭の豚、二三〇〇頭の牛を飼う大規模な畜産部門を有しているが、近在の農家から稲わらを分けて貰い、家畜のための発酵粗飼料とする一方、鶏糞の入った良質の堆肥を近在農家に供給してきた。「叩いたり、脅したり、といったストレスを与えずに」家畜を愛育することが、美味しく栄養価の高い畜産品を生み出す秘訣とされる。隣接地に「豊里ファーム」なる直売店舗を開店し、新鮮なヤマギシ産品を地域住民や観光客に提供する事業も始まった。北海道に立地する別海実顕地は、一〇〇〇ヘクタールを超える広大な土地を有し、牛糞尿を原料に日量七〇〇立方メートルのメタンガスを製造し、日本では最大規模のバイオガス発電に挑戦している、等々の実績が紹介される。
 このような最先端の実践は、小規模な「菜園家族」型経営では手が届かないのは明らかだ。豊富な資金力と「給料なしで働く良質の人材」の大量動員とをリンクさせた賜物であろう。動物と植物の排泄物を循環させる「耕畜循環型」農業や「学育」とリンクさせた「農業の六次産業化」の実験は興味深いし、地域社会との共存共栄の関係を築くことで、逆風を打破してきた教訓も貴重だ。冒頭には44枚のカラー写真が配置され、ヤマギシズム農法の諸相が活写されている。参画者の笑顔を見ていると、大地と共同体(血縁を越えた大家族)という人間発達の二大支柱に支えられることで、謙虚に成熟していく「百姓」像が浮き上がる。
 かつてヤマギシ会に参画し、全財産を寄進したことから、家族解体の危機を招いた人が、評者の知人の中にいる。子育てをめぐるトラブルも起こったようだ。このような経緯があり、同会の運動への疑念を評者は拭えずにいたのだが、本書を読み、疑念の一部は氷解した。
 「原始共産制の高次な形態での復活」という筋で、マルクスは未来社会を構想していたが、問題は「高次な形態」の中身をどう解するかであろう。「プライバシーの守られる鍵のかかる部屋」、「沈思黙考できる自分のデスク」、「家と会社から飛び出しても暮らしていける収入」こそが、家父長制の専横から個人の尊厳と自立を守る基盤だというのが、女性解放運動のスローガンだったが、共同体からの離脱が無財産状態での脱出を意味するとなれば、生存権が剥奪され、路頭に迷うことと同義だ。個人の私有財産を不用意に共有に移したばあい、縦型の前近代的な関係に回帰しがちなのは歴史の教えるところ。教祖や独裁者、支配政党に忠誠を誓わずには生きられないオカルト型の共同体に変質しないためには、何が必要なのかを、もっと探究してほしかった。
 「シェアハウス」、「ワーカーズコープ」、「菜園家族」、「エコビレッジ」といった世界の動きに学びつつ、未来社会の細胞ともいうべき「大地と文化と共同体」に根ざす企業・家族システムをどう構想したらよいのか。このような人類史的な模索のなかで、ヤマギシ会というユニークな「大家族制的な財産共有型共同体」を位置づけ、その意義と限界を論じてほしかった。未来社会を考えるうえでの討論素材として、本書が活用されることを期待したい。 (立命館大学経済学部特任教授)
 〔「図書新聞」五月一七日に掲載。許可を得て転載〕