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実顕地一つの運営(5)


実顕地一つの運営(5)

関連し合ってやれる機会や場に自らを置く

各職場のことは各職場だけで本当は決められない

「目には青葉 山ホトトギス 初鰹」の季節到来

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今年も南紀御浜へ大勢の人が寄って甘夏収穫を進めました。2年程前から三重県地区実顕地メンバーでの収穫・バーベキューが恒例になってきましたが、今回は六川、北条からも加わり、さらに賑やかに楽しく収穫することができました。
それぞれが自分の手の届く甘夏を採り、木の上のほうを採る人・運ぶ人・休憩する人と、細かい段どりも無しに動いていく60名近くの人達の姿。採った甘夏をどのように分け合うのかを考えることなく、各地のファーム・愛和館に並ぶことへ思いを馳せながらの収穫。もちろん、甘夏を入れるコンテナがどこの実顕地のコンテナかと気に留めることもなく、また日頃は○○実顕地の○○さんとしていることも、この日は誰がどこの実顕地の人か分からないほどです。たわわに稔った甘夏とともに、畑に流れる溶け合った自由で豊かな空気から齎され力づけられる一日となりました。
大潟実顕地の種まきも各地から送り出された人たちで進められ、今月下旬からの田植えを待つばかりです。
このように、交流や適期作業は「関連し合ってやれる機会や場」といえそうで、大いに活用していきたいものですが、日頃の暮らしの中ではどうでしょうか。

4月の全国実顕地づくり研鑽会生活経理編では、日常の中でのことが次々と出され、そんな具体例を通してどんな実顕地をつくっていこうとしているのか、と探っていったそうです。(村ネット参照)エプロンの例では、ポケットの口を縫い付けることで洗濯物も順調に仕上がり、問題も起こりそうにない。それでも、「問題解決、万々歳!」といかないあたりはどこにあるのでしょうか。
村ネットに紹介されているどの例も、職場と職場、職場とひとりひとりの間にあるものはどんなものか。どんなお互いか。と投げかけられているようです。問題が起こらないようにと方法面で解決しようとすることによって、関連し合っていく機会を自ら閉ざしてしまうようにもみえてきます。
ついつい、事を起こさないように(起こらないように)と事なかれ主義になりがちですが、いろいろな事があってこそより繋がっていける、事あれ主義で共に愉快に進んでいける、それが実顕地ともいえそうです。

ある実顕地では、食生活の布巾の洗濯をどのようにしていくか。ということに端を発し、衣生活全般について見直し考えていくことになり、他職場から交代で衣生活に入り一緒にやってみるところからスタートしたそうです。
そんな中、名前が無く手元に戻らない衣類を何とか無くしたいと一生懸命になっていた衣生活の人が、「名前なしの衣類があってもいいじゃないか」という観方に触れ、「それもありなんだ」と気付いたことは、その人にとっての解放感だけではなく、いろいろな面へと波及しているようです。
自分の職場・部門のことを一生懸命に考えれば考えるほど、わが職場からの視点になりやすく、守りの姿勢にもなりやすいようです。現場以外からの新しい観点でみてみたり、こうして関連し合ってやっていく中で、「アレッ、何で自分の職場のことは職場で決めようとしていたのだろう?」という発見にも似た驚きが湧いてきます。
もっともっと自由に、明るく、そして大きな道を歩んでいける一つの村づくりが描けてきました。

新緑のまぶしい5月、今回の研鑽学校には、今年80才になり、また新たな1年をスタートさせたいと参加した人がいるそうです。ふと、「万年素人の初々しさ」という言葉が浮かんできます。
「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」見るもの、聞くもの、味わうものみな美しく私の中へ飛び込んでくる季節です。
今年の初鰹は、今までとは一味も二味も違った味わいとなるのではないでしょうか、楽しみです。
                                                 

実顕地研鑽部