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With(共にやる)


With(共にやる)

改めて、新任

     なぜ、そう思うのですか

印刷 ⇒ 令和3年9月with

 

◯年間テーマ
With(共にやる)

 

○7月度テーマ
改めて、新任
なぜ、そう思うのですか
 
 
7月1日、新任に就き新しいスタートです。
村ネットへは、豊里肉牛部でカーフレール(自動哺乳機)が始動した様子や、別海の牧草収穫の便りなど、実顕地の最先端の様子が寄せられてきています。
先月の自動解任では、新しいことや日頃とは違ったことをやってみる体験などあったでしょうか。
若手を牧草収穫へ送り出して、数十年ぶりにトラックを運転することになり、研鑽会で「無理だ」と出しながらも、一方では練習を重ね、無事出荷便を往復することができた人。同じく同級生の70代、わくわくチャレンジ!!まだまだ育ち盛り???と、仔牛の哺乳へ。他職場や畑、適期作業などへ出向いていく人も続々。
受け入れてもらう方も受け入れる方も、新しい発見があり、若い人から力を貰う人も、そんな年配の人たちから元気を貰う人も、齎しあうことで、そこには暖かな空気が醸し出されているようです。

ある実顕地で、梅を収穫する日の連絡が来たが梅をどう見ても早いのでは?という声があった。研鑽会で話題となり担当の部の人からは長年見てきてくれた人が言っているのだからそれでやりたいと出される。収穫を今してしまったら美味しい梅干しはできないのではないか?美味しい梅干しを食べたい。としばらく話は平行線。研鑽学校でやった「公意を見出す」だったらどんな感じかな?テーマの資料にあった「殻を脱ぐ」のは誰?
後日談として、、数週間後今年の梅収穫は「まつりのようだった」という声が聞こえてきました。

またある実顕地では、今まで梅干し作りを担当してきた人が、次の世代の人にやってもらいたい、ということで新しい人がやり始めた。ところが黙って見守ることも出来ず、ついつい手出し口出ししてしまう。どこかやりづらさを感じながら新しく進めている人から相談された人も、どこを考えていいのか頭がこんがらがってくる。
ふと、「ごちゃごちゃしている」とひとくくりに思っているこのことを分解していったらどうなるだろう。とひらめいたそうです。
絡まった糸を1本1本にほどいていくように、なぜそう思うのか、なぜそう考えているのか、自分はどうか、相手はどうか、分解しながら整理していくうちにおぼろげながら先が見えてきたそうです。

自分に向き合い深く掘り下げていくことは、特講を受けた私達にとっては原体験となり、日頃の考えや行動にも大なり小なり影響していますが、例えば考え方を横に広げてみたらどんな感じでしょうか。
視点を変える・観点を変えるというという意味での「虫の目」「鳥の目」「魚の目」そして「こうもりの目」などの表現もあるそうです。
いずれにしろ、私のつたない狭い考えから、もっともっと自由で広い世界へ繋がっていく、言い換えれば研鑽態度で研鑽していこうとする私へと通ずるきっかけになりそうです。
また自動解任期から新任へ就くこの時期、次の様なテーマも浮き彫りになってきました。
①新任に辺り、役を考える時、誰がなっても良い、という考え、そうではない考えがある。
②役を任された時、自分ならココまでやるのが普通だと思う。そこに集まった人それぞれにそれがある。
③若い人の意見、長年やって来た人の意見がある。その中には、お互いに理解できない事もある。
思いを出し合うところまでやれた。なかなかやれない場合もある。
自分の思うところ、それぞれの思うところ、「共に」やるだったら、どんなふうにやりたいかな?「なぜ、そう思うのですか」

銓衡委員会で調正世話係を選ぶとき、誰が世話係をやってもいい、という意見が出る。一方で、誰がやってもいいというのは違うんじゃないか、と思う人もいる。
誰でも世話係が出来る実顕地にしたい、世話係を特別なことにしたくない、世話係だけに考えてもらうのではなくみんなで考えよう。
でもやっぱり運営を考えられる人にやってほしい、若い人がやったらいい、適正や条件・その人にとってどうかみたいなのは要らないのかな?
運営研が楽しい・もっとやりたいと思う人もいれば、最近の運営研はあまり意味が無い・やらなくてもいいんじゃないかと思う人もいる。
いろんな情報が聞けたり意見を出せるのがいい、みんなで考えたり決めたりするのが運営してる感じがする。
あれはどうなってるのかとか聞かれて質疑応答みたいな感じになって変だなと思う、みんなで決めなきゃならんのか、事柄ばかり考えるのは運営とは関係無い、もっと他にやることがあるのでは・・・
今期も、いろいろな実例を通して研鑽し、明るく楽しく共にすすんでいきましょう。

実顕地研鑽部