とにかく受け入れていこう ~春日山全研
17日の午前10時半頃から
「昼に全研があるよー」「出会った人に伝えてね」
とあちこちから声がかかりました。
昼の12時から皆、予想はしていたのでしょうか、ぞくぞくと3号の2階へ寄ってきました。集まった人はおよそ120人くらいでしょうか?
災害に向けて、何かできることはないか?とみんなが思っていることがビンビン伝わってきます。
「とにかく早く受け入れていこうよ」
各市町村も住居の提供に名乗りを上げている。
- 私達は場所を提供するというのではなく、「生活丸ごと受け入れる」というところで、やってやっていきたい
- 関西方面まで、移動が難しいなら、関東方面の実顕地で、受け入れて、私達がバックアップに移動するというのもあるよね
- 家族として、受け入れるということだろうか?
- 今の状況なら、長期にわたるだろうから、お互い、無理のないところで...
- トラックに水・食糧・トイレットペーパーを積んで俺と一緒に行く奴はいないか!
- ハヤル気持ちはわかるが、今は受け入れ準備をしていくことではないか?
- 原発のことを考えたら、今後関東全域脱出ということも考えられる
- 伊賀市に(公共の場として)名乗りを上げるというのはどうか?
- 実顕地関係(親族・元Gメンバー、学園生など)と一般の受け入れとどうなるのかな?
- 終戦の時の農村での受け入れを考えたら、今回のは数からいったら、ビビたるもん、明るく行こうヤ 終戦時の人と今の人では覚悟の度合いが違う、やっていく覚悟が私達にあるだろうか? ‥など等
色々なことが出てくるだろうけど、その時その人と一緒にやっていくというのがあれば、やれるのではないか今こそ、チャンス到来 私達の本領が問われるね、と。
とにかく「受け入れます」と意志表明して、後は対策本部を作ってそこに情報が集まるように、していこうと確認して、散会となりました。 ひとりひとりが思っていることが形になっていく手応えを感じました。
(春日山実顕地 平島春美)
春日山では、毎日PM7:00から震災対策室にメンバーが寄っています。色んな情報を集約したり、具体的な動きに繋がるような動きを試みています。市や県にも受入を表明し、見に来てもらっています。また支援物資の仕分けや車での運搬等も提案しています。ロビー横の掲示板に日々の検討した事を載せたり、対策室にむらnetの地震関連記事を大きく掲載してみんなの智慧と心が寄れるようにと考えています。
全研の後、心研(こころ研、明日の実顕地を描く研鑽会の変更名)や今日の幸福研をやって今思う事があります。実際に受け入れるという事は、具体的にどういうことなのか、どう考えて行くのか等々出し合いました。
昨日は、兎に角皆の中に受け入れて後は何とかやって行こうとの熱意が先行していたかなと。方向はそれでいいとして、具体的にどう描いて行くのかなど、少し冷静になって考える必要があるなと思いました。
来た人達の状況(心理面も含めて)を考えながら、また行政の人達と、受け入れ側との調和点を見出しながら進めて行くことかと思いました。三宅島の例から、先々の事を考えると、地縁・血縁のある集団を受け入れる方が、将来の地域づくりを考え、描きやすいのではないかとの意見もありました。
いまやれる事の一つとして、受け入れて行く心を用意して、色んな場で研鑽会をする事だと思います。