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本当の面白さはそこに【基本研】


檜風呂の修理の話が出た。業者さんを修理に呼んだそうだ。
建設では削る位ならできるとか、修理を依頼する前に研鑽したかったと出たそうだ。でもどうせ呼ぶならもっといろいろな人で話を聞こうとなり、衣生活のメンバーも交って、その専門家に話を聞いたのがよかった。古代ヒノキが採れなくなり、古代ヒノキを使った風呂は今、作れなくなっている。個人の家ならともかく25年もみんなで大事に使ってもらっている。なぜ、檜表面が削られたようになるかなど、いろいろ話して貰い、見直しもできて大事に使って行きたいと思ったなどの話だった思った。

建設では研鑽してほしかったと出たと出したのは同じ建設部のメンバーからで、呼んだ担当者は最後に檜の専門家を呼んだけど、もとがとれて、高くはなかったよねと述べていた。

その時には気づかなかったけど「それならどうしよう・・」となり、よい結果になってよかったと思ったけど、基本研ならもっと考えてもいいのではと後で思った。
勝手に呼んでしまったとまで行かなくても、呼ぶ前に研鑽してもよかったのではと出してくれているのに自分のテーマにならずに、過ぎてしまっている。どうだったのかなと自分を観、考える場になっていなかった。
研鑽しなければとか、つなげなければならないとなったら終わりだけど、自分のテーマ、自分に向きあう場になれなかった。その場に一緒にいながら、流してしまった私だった。

最近自分の殻を破った、殻に気づいた話は出てこないけど、本当の面白さはそこにあるのではと思う。

【豊里実顕地 喜田栄子】