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第1953回特講


4月29日からの特講も 5月5日に終わりました。

会場が豊里実顕地であること、豊里から係が二人、参加者1名、通訳1名を送り出せたこ
とが 豊里全体の人たち(特に子供を含めて)にとって 大きかったと思います。
また、特講参加者にとっても 研鑽している中身が毎日通う豊里温泉や 愛和館で、また
移動の際にすれ違う人たちを通して 結びついていった様で どちらにとっても、大きな
作用を及ぼした感じを受けました。

今回は 前回についで 豊里実顕地が開催の場となり、( 前回の特講も
豊里実顕地で開催されたのですが 前回の参加者は 3名で、場所は愛和館3階が会場で
した。)
会場を何処にするかの 研鑽から始まり、場所が具体的に決まったのは かなり近くなっ
てからのことで 実行委員会が立ち上がって 研鑽会を持ちながら会場の準備などが進み
ました。

特講の申し込みは 最終的には 16人、うち日本から9人、オーストラリアから1人、
香港と台湾から各3人でした。事情があって参加できない方があり、参加者14名、世話
係6名、英語/日本語の通訳2名の 22名の特講でした。

研鑽会の内容では 好き嫌いについて調べるときに どうしても生きた蚊 と 蛙が 研
鑽材料に必要になり 子供たちも 大人の人の勉強のために必要だと言われて 捕獲に動
きました。結局 生きた蚊は捕獲できませんでしたが、蛙はゲット出来ました。

自分は 事務局に入らせてもらいました。春日山交流館に集合でしたが 新堂駅に迎えに
行くと もう、そこから 屈託のないような感じで打ち解けている感じを受けました。

特講も後半になると 送り出した人達からメッセージが届き始めるはずが 少ないので
連絡をとってみると 携帯電話や タブレットにメッセージを送ったとのことで
最近は 技術革新により、各自に直接行ってしまうのかと 複雑な気持ちがしました。

また、オーストラリアの人たちは 最近の特講が1日短くなっているのが はっきりと伝
わっていなかったりが分かりました。(予定表で期間は分かるのでしょうが・・・)

特講終了後 久しぶりに特講出発した人たちを 中にして 交流研を持ちました。
地域から会員も参加しての楽しいひと時でした。自分は 一刻も早く子供たちに会いたい
と 会場の玄関で別れた人を探しに その方の奥さんと迎えに出たため 交流研は建物の
外にまで響きあう笑い声を聞きました。

豊里実顕地 近藤利彦