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モンゴルの今


●モンゴルの今(出張報告)

 7月24日~31日の日程で、多摩実顕地湘南供給所の武井さんと松本が、モンゴルに出張してきました。
 現在のモンゴルの様子を報告します。

7月下旬のモンゴル

7月下旬のモンゴル

 今回の出張は、9月に来日する第2次技能研修生の教育と、農場横の草原に緑の公園を作ろうと、5月に会員たちが政府から提供された1000本の苗木を植樹した公園の開園式への参加、会員との研鑽会が大きな目的でした。

◇来日に向けて研修中

 9月に来日予定の第2次技能研修生15名は、農場に合宿して、大阪の会員・杉山和子さんの長期日本語授業の甲斐あって、ほとんどの人が日本語で自己紹介できるほどに上達していました。
 私は、日本についての一般知識や生活、日本の文化や歴史などを担当し、武井さんにはヤマギシについての話、仲良しの生活や職場を実例をあげながら話してもらい、現地教育の規定の授業を行いました。

研修生の授業

研修生の授業


 みんな、日本の話やヤマギシの村の様子に興味津々。とても熱心な意欲ある研修生たちだと思いました。
 
9月に来日予定の農業研修生たち

9月に来日予定の農業研修生たち

◇1000本の苗木を植えた公園の開園式

 特講や研鑚学校の会場であるモンゴル・ヤマギシ会館が建っている農場は、ウランバートルから北に60Km程のバイヤンチャエンダマン市にあります。
 その農場と、ヤギや羊を飼っている家畜小屋のある牧場の間の土地に、モンゴルの会員たちが集まって1000本の苗木を5月に植えました。


 これは、モンゴル政府が推進している「モンゴル環境問題・緑の公園計画」の一環で、農場の一部を公園化する計画を政府に申請し、1000本の苗木が提供されたものです。
 その会員たちの手で植えられた苗木も根付き育ち始めたので、会員たちに集まってもらって、今回、その公園の「開園式」を行いました。
 当日は、モンゴル会員約40人とその子ども達、合計約50人が農場に集まり、植樹された公園の中でテープカットとシャンパンで乾杯し、みんなでお祝いをしました。
 
 ガンゾルグ君たちがこの公園を、日本語に直訳すると『栄える人生』と名付けました。
公園の名前は『栄える人生』

公園の名前は『栄える人生』


その後は、お祝いの時には必ず作るモンゴル料理・ヤギ肉の石蒸し料理で会食しました。   

◇8月末にはモンゴル会員が150名に

 公園の開園式・会食の後に、集まった会員たちと研鑽会をやりました。

モンゴルの会員との研鑽会

モンゴル・ヤマギシ会会員との研鑽会


 前半は、特講を受けた以降の自分の心境などを出し合い、後半は、これからの活動について研鑽しました。
 モンゴル会員も100名を超えて、8月の特講(参加希望者が多く、急きょ続けて2回開催になりました)後には、150名近くになる予定です。
 これからモンゴルのヤマギシ会の活動をどのように進めるか、組織化をどうするか、課題はいっぱいです。
 モンゴルの現状に応じて、形作りを急がず、一歩一歩進むようにしたいと思っています。

◇バイヤンチャエンダマン市の市長も農場発展に期待

 農場があるバイヤンチャエンダマン市の市長が、公園の開園式には「出身地の90周年記念行事出席のために帰省していて参加できなかったから…」と、夏季長期休暇中のところを、わざわざ翌々日に息子を連れて農場まで来てくれました。
 この市長は、3年前に来日した時にヤマギシの村を訪問したいと、多摩実顕地に宿泊もしたし、豊里実顕地を始め、春日山や美里実顕地などヤマギシの村を参観しています。

中央の方が市長さん。右端は市長の息子さん。

中央の方が市長さん。右端は市長の息子さん。


 また、同行してきた息子・ソットバイル君は、市長の勧めで第3回モンゴル特講を受講しています。
 市長は「今年、音楽学校を卒業した息子の馬頭琴を、ぜひ聴かせたい。」と連れてきたのです。
市長息子の馬頭琴演奏

市長息子の馬頭琴演奏


 市長は「ウランバートルから60Kmの距離だから、野菜などの食料をウランバートルに供給できる農業を進めたい」と言ってました。

◇農場の家畜は約500頭

 現在、農場には今年の春に生まれた子ヤギや子羊も含めて約500頭います。
 毎日、美味しい乳を搾っています。

ヤギの乳搾り

ヤギの乳搾り

農場家畜A
 牧場の家畜のお世話をしている遊牧民のバータルスルンさんは「来年春には、また子どもが生まれて600頭になる」と言っていました。
 バータルスルンさん家族には6人の子供がいて、奥さんと息子2人が特講を受けています。

◇豊里から送った布団や食器が活躍

 夜寝るときに気付いたのですが、私の使った布団カバーに「高等部女子部」と書いてありました。
 そうです。昨年、豊里から送った布団が、モンゴルの農場の会館やゲルやバンガローで活かされているのです。
 食事をする時も「どこかで見たことある〝どんぶり〟だ。」と思ったら、豊里の学園愛和館で使っていた食器でした。

日本からの布団

日本からの布団

●初めてモンゴルを訪問した武井さんの感想

 モンゴルの国や生活や食事等については色々とありますが、それとは別に、モンゴルの2人について思ったことを書きます。
*1年間、日本語習得で留学し、多摩実顕地で生活していたダワー君が、会員さんの研鑽会で言ったことが嬉しかったです。
 「特講はよく解らなかったが、日本でヤマギシの人達と生活する中で、色々なことが解ってきた。本当のことは、自分の中にあるのではないか。」というようなことを言っていました。
*ガンゾルグさんが、ひたすらに仕事をやっている様子、人に接している姿には、なにかしら人をひきつけるものがありました。
 どんなことを思っているのかを聞きたくなって聞いたところ、「みんなが寄れる農場を思い描いており、ヤギや羊が増えることも思っていて、観光もやっていきたい。」と言っていました。
 その言葉に、なにか心動かされ、一緒にやっていきたいと思いました。

【東京案内所 松本直次】